FAZER LOGIN数人の男たちが私と翔太を囲む。「止めて! 離して!」私がそう叫ぶと、少し離れた場所に居たお姉様が耳を軽く押さえて言う。「もう良いわ、離して」お姉様のそのたった一言で私たちを囲んでいた男たちが私たちから手を離す。「美織……お前は優し過ぎる」九条征哉がそう言う。お姉様が笑う。「私は別に。うるさい声を聞きたくなかっただけよ」お姉様は私と翔太を一瞥すると、九条征哉に言う。「入りましょう? 早く征哉が用意したドレスが見たいわ」(こんなに素直に男に甘えるお姉様は初めて見たわ……)今まではずっと黙って、翔太の後ろをついて歩くだけの女だったのに。婚約者の翔太がお姉様ではなく私を優先しても文句ひとつ言えないような、気弱で引っ込み思案で自分に自信の無い、そんな女だったのに。九条征哉はそんなお姉様を見て微笑み、お姉様の腰に手を回し、言う。「行こう」二人が連れ添って中に入って行く。「待ってよ! お姉様!」私はそう言いながらお姉様に追いすがろうとしたけれど、私を囲んでいた男たちに止められる。私の声を聞き、足を止め、お姉様が振り返り、言う。「好きにさせて」お姉様のその一言でまた、男たちが手を離す。私はニヤッと笑ってお姉様に近付こうとした。けれどそれよりも前にお姉様がほんの少し振り返り、言う。「あなたは一ノ瀬家のご令嬢でしょう? ご令嬢なら節度をお持ちになってね」冷たい声だった。聞いた事も無いような。二人がサロンへ入って行く。追いかけるように私も翔太もサロンに入る。「九条様、こちらにどうぞ」そう言ってスタッフがサロンの奥に二人を連れて入って行く。私たちも続こうとしたけれど、止められてしまった。「ここから先はVIPです」(VIPですって!?)VIPルームの入り口は開け放たれていて、中が見える。中は広く、中央にポツンと円形の豪奢なソファーが置かれ、九条征哉はそこに座っている。お姉様はズラッと並べられたドレスを吟味している。「これ、全部?」お姉様がそう聞くと九条征哉が笑う。「少ないくらいだ」ここから見ても分かるくらいに、そのドレスは着数が多い。「私、一人しか居ないのよ?」そう言って笑うお姉様に九条征哉が言う。「気に入ったもの全部、買えば良い」それを見て、私は立ち尽くし、言い知れぬ程の怒りを感じる。(どうしてお姉様だけ!)そこで私は
その日はそのまま部屋で過ごし、九条征哉は食事になると現れ、私と共に食事をし、そしてまた仕事へ戻って行った。翌日、私は九条征哉と共にドレス選びに向かった。大きなモールの中でも目立つ場所にある最高級のドレスサロン。「本当に良いのか?」サロンに向かいながらそう聞かれて私は微笑む。「良いのよ、貸し切りになんてしなくて」私がそう言うと九条征哉が少し不服そうに短く息を吐く。そんな九条征哉を見て可愛く思いながら私は九条征哉と腕を組んで歩く。サロンに近付いた時、サロンの中から声が聞こえて来る。最高級店に相応しくない声の大きさだった。私と九条征哉は顔を見合わせて、サロンの前まで来て、中で騒いでいるのが誰か分かった。一ノ瀬瑛理香だ。◇◇◇私は朝から支度をして、九条家主催のレセプションパーティーの為のドレスを選びに大きなモールの中のドレスサロンに来た。中に入るなり、サロンのスタッフが来て、私に言う。「お客様、あいにく、当店は妊娠している方用のドレスのご用意はございません」そう言われて私は聞き返す。「妊婦のドレスは無いの?」スタッフが頭を下げながら言う。「申し訳ございません」妊婦用のドレスが無いだなんて……これは想定外だった。私は気を取り直して言う。「じゃあ、作って」そう言うとそのスタッフが少し笑う。「申し訳ございません、当店は初めて来られる方にはそのようなサービスは行っておりません」(初めて来る客にそのようなサービスは行ってない?)そう言われるという事は、何度か利用した事がある客のみ、オーダードレスが作れるという事だ。せっかくここまで来て、引き下がる訳にはいかない。このサロンはこの辺では一番のお店。九条家主催のパーティーなんだもの、引き下がれない。「誰かの紹介なら良いって事?」そう聞くとそのスタッフが言う。「どなたかのご紹介であれば」そう言われて私はその場でスマホを出し、連絡先をスクロールする。このサロンでドレスを買った事がある人物なんて、見当もつかない。私は溜息をついて言う。「とにかく一度、中に入れなさい」そう言いながら私が中に入ろうとすると、そのスタッフが私を止める。「申し訳ございませんが、中にお入り頂く事も出来ません」(こんなモールの中にあるお店なのに、入る事も出来ないというの!)私はイラっとして言う。「私は客なのよ
一ノ瀬家での余興は楽しめた。やはり九条征哉と一緒に居るのが一ノ瀬家の長女だと分かった。宿敵同士だった二人が、一ノ瀬家のあのバカ女の策略で繋がりを持った……しかも妊娠までしていた……。あのバカ女は自分の地位を守る為に、そして正当な後継者である姉を嵌めたかったんだろうけれど、相手が悪かったわね……。これがどこの馬の骨とも分からないような男相手だったら、もっと悲惨な事になっていたのに……本当に温室育ちのお嬢様は考える事が生温いわ。「朋美様」部下が話しかけて来る。「何なの?」そう聞くと部下が一枚の封書を差し出す。それを受け取る。「招待状?」そう書かれていた封書を開ける。中には九条家主催のレセプションパーティーの招待状が入っていた。しかも招待状に名前を連ねていた名前には四季凪の名もあった。九条に保護・管理されている四季凪の名跡……今後、関わるなと念を押した私に招待状を送って来るなんて。九条征哉は一体、何を考えているの?まぁ、良いわ。これに参加をすれば暁斗には会えるんだもの。関わるなと言ったのは向こうなのに、関わり合いを持たせてくれるんだから、有り難く使わせて貰うわ。◇◇◇私は屋敷の中を歩き回り、怪しい人を探したけれど、そもそもこの屋敷の中にお姉様と懇意にしている人間など存在しない。お姉様は一ノ瀬の屋敷に居た頃は、ほとんどを離れで過ごしていたせいで、本邸に居た私たちとはほぼ一緒に過ごしてはいないし。お姉様の世話をしていたメイドにも話を聞いたけれど、メイドなんて所詮はただのメイド。メイドがお姉様に協力をしていたとしてもたかが知れている。部屋に戻りながら考える。お姉様の協力者は誰なの?やっぱり九条征哉?半年前に一度だけ体の関係を持っただけの女に協力する?しかも媚薬のせいで記憶だって曖昧な筈だわ。それとも。どんな女であれ、九条の子を妊娠したとなれば、大事に扱って貰えるというの?何の価値も無いお姉様でさえ、あの扱い……。待って、お姉様の妊娠していたという子供は堕胎で死んだ筈では?という事は九条家には今、まだ子供が居ないのよね……。そうだとするなら、九条征哉に誰かほかの女を近付けて、お姉様の時のように既成事実を作ってしまえば、お姉様は九条家から追い出されるわよね。(あぁ! もう! こんな時に!)私は自分が妊娠しているのが忌々しく
「これで七倉のお爺様からの協力が確実ね」私がそう言うと九条征哉が微笑む。「美織が居れば、そんな事は些細な事だ」そう言われて私は笑う。「それで、四季凪暁斗はどう使うの?」そう聞くと九条征哉が言う。「あの男はまだ顔を隠している」そう言われて聞く。「顔を隠している?」そう聞くと九条征哉が笑う。「あぁ、今は九条家という大きな家に盾突けるだけの力も金も無い。だが、それを持ったら、あの男は間違いなく俺に向かって来るだろう」そう言われて私はそれを想像する。「そんな度胸、あるのかしら?」そう聞くと九条征哉が笑って言う。「あるさ、俺には分かる」そう言われて更に聞く。「どうして分かるの?」そう聞くと九条征哉は私の肩を抱きながら言う。「アイツの美織を見る目が、美織を狙っている人間の目だからさ」そう言われて私は九条征哉を見上げる。「私を狙っている目?」そう聞くと九条征哉が言う。「あぁ、そうだ。お前は美しく気高い。今は俺が居るから大人しくしているが、チャンスは狙っているだろう」そう言われて私は思わず吹き出す。そんな私を見て九条征哉が聞く。「意外か?」そう聞かれて私は九条征哉に寄り掛かりながら言う。「別に。どっちでも良いわ。私は興味無いもの」そう言うと九条征哉が盛大に笑う。そして私を見下ろし、聞く。「それは俺の勝利って事で良いんだな?」そう聞かれて私も笑う。「そうよ。それも圧倒的なね」◇◇◇翔太からの返事が無い。作戦を練りたいのに、誰も私の周りには居ない。つい先日、私が開いたお茶会のように。翔太はお姉様を見た時からずっと、お姉様の事しか頭に無い。自分を頼る筈だとか、お姉様が好きのは自分だとか。(そんな訳無いじゃない)私はそう思いながらソファーに座り、お茶を飲む。確かにお姉様は世間知らずで、男の人に相手にされた事が無いから、翔太が少し優しくしただけでのぼせ上がって、翔太に夢中だったけれど。それも家を追い出されるまでの話じゃない。そんな事を言うならお姉様が一ノ瀬の家を追い出された時に、駆け付けるべきだったのよ。そうすれば家を追い出された後だとしても、少しはお姉様の心に残れたかもしれないのに。それにしても。七倉の家で見たお姉様は、九条征哉と七倉のお爺様、そして謎の美男子に囲まれていて翔太には見向きもしなかった……。
全て何もかもが上手くいかなくなってしまった。あの一ノ瀬美緒が生きている!実際のところ、私は燃え盛っていた建物を見た訳じゃないし、何なら現場にだって行かなかった。真っ黒に燃え残った遺体をゼロコンマ何秒かで見ただけで、遺体なんて見る気もしなかった。ただ建前上、悲しんだフリをしていただけ。(でも待って。それじゃあ、あの遺体は誰なの?)私はそう思い、考える。一ノ瀬美緒には協力者が居た筈だわ。じゃなければ身代わりの遺体なんて手に入れられる訳が無いもの。(でもだとしたら協力者って誰なの……?)一番の候補はやはり九条征哉だろう。けれどお姉様は九条征哉と繋がりなんて無かった筈……私と翔太で仕組んだあの夜以降、私はお姉様の記憶を混濁させる為に薬を盛り、お姉様の体調もスケジュールも把握していた。その監視の目を潜って、九条征哉と連絡を取り合うなんて不可能だもの。お姉様が一人ですべてを計画し、実行に移すなんて事、出来るのかしら。いいえ、そんな事、有り得ないわ。部屋を歩き回りながら考えていて、疲れて座る。部屋の入り口にはあのメイドが張り付いている。スマホを取り出して翔太に連絡を入れる。とにかくお姉様が生きているなら、何とかして、一秒でも早く始末しないと。◇◇◇華瑛の言う通りかもしれない。私は今まで実の娘である美緒に興味を向けないどころか、蔑んで虐げ、無碍に扱って来たのだ。そんな家の人間の元に帰って来たいなどと思う訳が無い……。「旦那様」及川が書斎に入って来て、一礼する。「何か分かったか?」そう聞くと及川が言う。「やはり奥様が裏で手を引いたものと……」そう言って及川は私に書類を差し出す。それを受け取り、目を通す。そこに書かれていたのは華瑛が秘密裏に私設の施設を持っていたという事と、私に渡したあの薬には特殊な毒が混ぜられていたという事が書かれていた。(やはりあの薬は毒だったか……)予想はしていた。片頭痛を抱える私はこれまで数々の薬を試して来たのだ。だから分かる。薬を飲んで自分の体調の変化には敏感なのだ。飲んで十数分経つと、フラフラになり思考がまとまらなくなるのだ。横にならなければならないほどの疲労感。それをおかしいと思わない訳が無い。「この施設……エンジェルスフォールというのは、どんな施設なんだ?」私がそう聞くと及川が言う。「そこは奥様が三崎
「何がお聞きになりたいんですか?」私がそう聞くと夫は私をひと睨みして、言う。「あの夜、美緒を施設に送るという提案をしたのはお前だっただろう?」(あの嵐の夜の事を言っているのね)そう思うとこの人は本当に何も見ていないのだなと感じる。この計画はそのずっと前から始まっているというのに。「確かに私が美緒さんを施設へ送るのはどうか、と提案はしましたけれど、それをお決めになったのはあなたでしょう?」私がそう言うと夫は苦虫を噛み潰したような顔をする。「さっき、瑛理香から聞いただろう? 美緒は生きている」そう言われて私は内心に湧き上がる怒りを見せないよう努めながら言う。「そのようですね」私がそう返事をすると、夫がクワっと一気に感情を爆発させる。「その言い草は何だ! 義理とは言え、娘の事だろう!」そう言われて私は鼻で笑う。「じゃあ、どうすれば良いんです? 九条家に乗り込んで行って娘を返せと言えば良いんですか?」私がそう言うと夫は何も言えなくなる。それはそうだろう。相手は九条征哉だ。不用意にこちらから噛み付けばそれが致命傷になる。宿敵とは言っても、それは一ノ瀬側だけの話。九条家からしたら一ノ瀬なんて吹けば飛ぶような家柄だ。逆に言えば。美緒はそんな男の元へ行き、自分を守っている。しかもこれは私だけが知っている事だけれど、美緒のお腹の中の子供は死んでいない。九条征哉に奪還はされたけれど。そこでハッとする。(そうか、そうなのね)一ノ瀬美緒を施設に送り、お腹の中の子供を取り出し、私は自分の秘密の施設、エンジェルス・フォールに隠した。その子を九条家の手の人間が奪還したのは、ただ単に、九条征哉が自分の子だと分かったからだと思っていたけれど。(そうじゃ無かったのね……)一ノ瀬美緒が九条征哉の元に行き、助けを求め、それを何らかの見返りを持って、九条征哉が保護している。それなら九条征哉が自分の子供も、その母親も保護するのは至極当然の事……。そして九条征哉は今、そのどちらも手にしている。(さぞかし、気分が良いでしょうね)そう思うと腸が煮えくり返る。(せっかく、香織の元へ送ってあげようと思ったのに……)(そうすれば香織だって、寂しくないと思ったのよ……)私の神聖な香織への祭壇が全く血の繋がらない人間によって、穢されてしまったのだ。これほど、腹立たしい
「一族の面汚しだ!」土砂降りの雨の中、私は泥の上へ叩き出される。雷鳴が鳴り響き、雷の光がお父様の背後のお屋敷を照らし出す。お父様は私を見下ろしながら私に何かを叩き付ける。「これは一体、どういう事だ!」私の頬に叩き付けられたもの、それは数枚の写真。私の頬に叩き付けられた写真が土砂降りの雨の中に散らばる。その写真には私が男に肩を抱かれホテルの部屋に入って行くところが写っている。しかも写真はそれだけにとどまらず、私とその男が半裸でベッドに居るところまで写っている。(どうしてこんな写真をお父様が持っているの&
高橋翔太と瑛理香は元々、繋がっていて……一ノ瀬家の家名が欲しかった高橋翔太と、一ノ瀬家の令嬢という地位を自分だけのものにしたかった瑛理香が手を組んでいた……。高橋翔太と一ノ瀬瑛理香は笑いながら、私の墓石を足蹴にして、去って行く。しとしとと降る雨の中、私はまだ衝撃に体を動かせないでいた。不意に私は笑い出す。「フフ……」そう言う事だったのね……箒を握る手に力が入り、指の節が白くなる。私がどうしてあの夜の記憶を失くしたのか……それはあの二人が結託して私を嵌めたからだ。宿敵である九条征哉という男をも巻き込み、私に言い逃れが出来ないように写真を撮り……そして私のお腹の中に宿った子供でさえも、
及川との通話を切る。軽く溜息をつき、私は私の夫の元へ向かう。入るなと命じられている部屋に近付く。中からは嗚咽が聞こえる。私は静かに扉を開け、中に入る。部屋に入って来た私を見て、私の夫は視線を伏せる。私は夫に近付き、その肩を抱く。「火事は事故だったのよ……」慈愛を込めた声を装い、そう言う。「あの子の葬儀はもう手配しました。だから安心して、あなた」肩を抱いた私の手を握る、私の夫は泣き崩れている。「すまん……」夫はそう呟くように言って、肩を揺らす。私はそんな可哀想な夫を見つめながら、ほんの少し微笑む。部屋を出て、扉を閉めて。笑みが零れるのを我慢出来なかった。誰にも聞こえない声で
目の前で。オレンジの炎が燃え盛っている。夜空に映える炎のオレンジ色はその触手を天に伸ばし、更に炎自身が燃えるものを探している。炎の触手の先からは黒煙が立ち上り、夜空の星を覆い隠す。私を閉じ込めて、絶望の淵へ追いやった療養所という“檻”は、今はもう燃えながら歪み、崩れ落ち、灰と化して行く。「お嬢様」及川が私の横に立つ。「今この瞬間からお嬢様は灰になりました。もう一ノ瀬家の令嬢ではございません」全ては燃えて灰になった……私と一ノ瀬家の縁も、そして未練も全て燃えて灰になったのだ。思い出されるのは幼い頃の記憶――お母様が生きていた頃は……私もお父様に確実に愛されていた。お母様とお父様







